「〇〇っぽい」を越えた先に。
一つ一つの洋服を見て、
「この洋服、〇〇っぽいな」
「この洋服、〇〇らしいな」
そう感じる場面はありますか?
こんにちは。
clichéの冨岡です。
洋服を見たとき、色や形、素材、あるいはそれを着ている人まで含めて、僕たちは無意識のうちに何かしらの言葉を当てはめています。
それまで自分が見てきたものや、着てきたものと照らし合わせながら、
「これはこういう服だ」
と判断しているんだと思います。
もちろん、そこに良い悪いはありません。
ただ、その「〇〇っぽい」や「〇〇らしい」という思い込みが、ときどき自分の足枷になることはある気がしています。
「自分っぽくないから着ない」
「男性らしくないから選ばない」
「女性っぽいから自分には関係ない」
そうやって言葉を先につけてしまうことで、本当はそこにあるはずの魅力を見る前に、自分から遠ざけてしまう。
もちろん、僕だって同じです。
洋服を見るたびに、「〇〇っぽい」「〇〇らしい」という言葉は自然と頭に浮かびます。
そういう思い込みは、簡単になくせるものではありません。
ただ、最初に浮かんだ言葉だけでは捉えきれない服もあります。
このFeather Lace Blousonも、その一つでした。

<cantáte>
"Feather Lace Blouson"
COL : NAVY
¥242,000 TAX IN

まず目に入るのは、やっぱりレースです。
ブルゾンという形そのものは見慣れたものでも、使われる素材が変わるだけで、これだけ印象が変わる。


使っているのは、羽根をモチーフにしたコットン100%のケミカルレースです。
綿布に刺繍を施し、その後、化学処理によってベースとなる生地を溶かし、刺繍だけを残して仕上げる。
現在では水溶性の糸で織られた下地を使うことが一般的ですが、考え方としては、生地の上に柄を描くというより、柄そのものを生地として残していくような作りです。


松島さんは、このレースについてInstagramでこう書いていました。
「この凹凸があるから、レースでありながら甘くならず、ちゃんとメンズの服として成立する。
これがレーヨンのような艶のある糸だったり、刺繍の立体感が弱かったり、まして花柄だったりすると、もう目も当てられない。」
かなり強い言い方ですが、
このブルゾンを実際に見ると、言いたいことがスッと腑に落ちる。
羽根の刺繍にはしっかりと厚みがあり、一枚一枚が浮き上がるような凹凸があります。
レースなのに華奢に見えない。
むしろ、表面には少し力強さすらある。
この立体感があるからこそ、レースという素材を使いながらも、甘さに寄らず、自然にメンズの服として見られるんだと思います。
レースには、布があるところと、ないところがあります。
柄そのものを見るというよりも、その隙間から何が見えるのかまで含めて、一枚の洋服として成立している。
普通のブルゾンなら、僕たちが見るのは基本的に生地の表面です。
でも、このブルゾンは自然とその奥にまで目が向きます。
中に着ている服の色も、肌も、光も透ける。
一枚で完結する洋服ではなく、その内側に何を置くかによって表情が変わる洋服です。

ちなみに、僕はレースが好きです。
これはもう、揺るぎない事実です。
ソックスを履くときも、レースのものを選ぶことが多い。
そこにはもう、「男性らしい」とか「女性らしい」とか、そういう感覚はあまりありません。
単純に、レースという素材そのものに魅力を感じていて、自分の中に取り入れたいと思っているからです。

男性のスタイルで、ゴツゴツとした肌をそのまま見せるような着方を、あまり好みません。
でも、肌の上に布が一枚あって、その隙間から少しだけ肌が見えるのは好きです。
全部が見えて欲しいわけではない。
隠れているのに、見えている。
そのくらいがいい。
布そのものと、その向こう側にある肌が重なったとき、初めて生まれる色気があると思っています。

もしかすると、僕が好きなのはレースの柄そのものだけではなく、この「見え方」なのかもしれません。
隠すための布なのに、隙間がある。
肌を見せるための服ではないのに、結果として肌が見える。
相反するものが、一枚の布の中に同居している。
だから、レースが好きなのかもしれません。

そして、レースの洋服を着るときに面白いのが、内側に何を着るかということです。
隙間がある分、中に着ている洋服がよく見える。
もちろん、全く違う色を入れて、羽根の柄をはっきり浮かび上がらせてもいい。

ただ、僕は同系色を重ねる着方が好きです。
ブルゾンと近い色を内側に置くと、レースとインナーの境界が少し曖昧になります。
遠目には一色。
でも近づくと、レースの隙間から少し違うネイビーが覗いている。
色数を増やしていないのに、そこに奥行きが生まれます。

今回なら、パンツにも近い色のデニムを合わせたい。
ブルゾン、インナー、パンツまでを大きく同じ色の中で捉えて、その中で素材だけを変えていく。
レースの透け方。
インナーの平面的な色。
デニムの色ムラ。
色数を増やさなくても、素材が違えば見え方は変わります。
むしろレースは、その違いをより分かりやすく見せてくれる素材だと思います。

細かいところにも、この服らしさがあります。
ダークネイビーのレースに合わせたのは、漆黒の水牛ボタン。
光を受けたときにだけ、静かに艶が見える。
襟はノーカラー。
これだけ特徴のある生地を使っているからこそ、襟元には余計なものを足さず、すっきりと。
その潔さも、このブルゾンにはよく合っています。
裾と袖口は、レースのスカラップをそのまま生かした断ち切り仕様。
デニムでいうところのセルビッチのようなもので、生地の端そのものをデザインとして使っています。
こういう仕様を見ると、レースという素材を飾りとして扱っているのではなく、ちゃんと一枚の生地として向き合っていることが分かります。
レースという素材には、僕の中でもこれからずっと「〇〇っぽい」や「〇〇らしい」という言葉がついて回ると思います。
それを無理になくす必要もない。
初めて見る洋服には、きっとこれからも何かしらの言葉を当てはめて想像するはずです。
でも、その言葉だけで終わらせなければいい。

実際に見て、触って、着てみる。
何を内側に着るか考えて、自分の持っている洋服と合わせてみる。
そうやって一つずつ知っていくことは、その服を理解するためだけじゃなく、自分の中の経験値を増やしていくことでもあると思います。
着たことのない素材を着る。
今まで選ばなかったものを試してみる。
その積み重ねがあるから、次に何かを見たときの判断も少しずつ変わっていく。
最初に頭に浮かんだ「〇〇っぽい」や「〇〇らしい」なんて、案外どうでもよくなるのかもしれません。
「これは自分らしい服なのか」と考えるよりも先に、
「僕はこれが好きだ」
と言える。
その一言にたどり着くための経験値が、また一つ増えた。
今は、それだけで十分です。
cliché 冨岡