「シワには味がある」って、なんだろう。
いまだに、よく分からないことがあります。
リネンにできるシワの、どこに「味」があるのか。
リネンの洋服について話していると、「シワも味だから」という言葉をよく耳にします。
でも、その「味」って、一体なんなんだろう。
シワが入っていれば、それだけで味になるのか。
着込んでクタクタになれば、それで格好良くなるのか。
そんなことを、ふと考えることがあります。
こんにちは。
clichéの冨岡です。

「シワには味がある」って、なんだろう。
僕は、リネンのシワそのものに味があるわけではないと思っています。
もしシワそのものが良いのであれば、ただシワシワになっていれば、それでいいことになってしまう。
でも、きっとそういうことではない。
その人が着て、腕を曲げたり、座ったり、歩いたり。そうやって一日を過ごす中で少しずつ刻まれていくものが、シワとして洋服に残っていく。
「リネンのシワには味がある」という言葉は、着る人の生活まで含めたものを表しているのかもしれません。
だから僕は、単純に「シワがあるから良い」とは思っていません。
どうしてそのシワを良いと思うのか。
そのシワの、何に惹かれているのか。
自分なりに考えて、自分の中でその良さを見つけられたときに、初めて「リネンのシワが好き」と言える気がします。
誰かから聞いた言葉を、そのまま自分の答えにしてしまうより、
自分で着て、自分で見て、自分なりの良さを見つけたい。
僕は、そう思っています。

そして最近、僕はリネンのシャツが好きになりました。
とはいえ、リネンのシャツを特別涼しいと思ったことはありません。「涼しいから夏に着よう」と考えることもあまりないし、少なくとも僕にとって、涼しさが好きになった理由ではありません。
では、なぜリネンが好きになったのか。
考えてみると、その理由もやっぱり、ここまで書いてきた「シワ」にありました。
ただ、シワそのものが好きなわけではありません。
着ることで、その人の動きが洋服に残っていく。
腕を曲げれば袖にシワが入り、座れば身頃にも表情が生まれる。洗って、また着れば、その表情も少しずつ変わっていく。
僕がリネンに惹かれているのは、もしかすると、その変化が他の素材よりも素直に見えるところなのかもしれません。

好きなのは、そのシワによって生まれる「表情」なのかもしれません。
同じ一枚のシャツでも、着る人や着方によって、その表情は少しずつ変わっていく。
新品の状態ではまだなかったものが、着ることで少しずつ現れてくる。
僕は、そんな着る人の時間が服に残っていく感じに、リネンの面白さを感じています。

実際に着ていて、特に好きなのが袖の部分です。
腕を曲げたり伸ばしたりすることで、袖には細かなシワが重なっていきます。ただ平面的に入るのではなく、生地が少しずつ重なりながら陰影が生まれる。
僕は、その横から見た時の表情がすごく好きです。
そうやって着るたびに少しずつ表情が変わっていくところも、このシャツを何度も手に取りたくなる理由なのかもしれません。
そして、そんな僕が最近よく着ているのが、Essential Linen Shirt。

<cantáte>
" Essential Linen Shirt"
COL : NOIR , BLEU GRIS , WHITE
¥60,500 TAX IN



色は、NOIR , BLEU GRIS , WHITEの3色。
ノルマンディ産の上質な亜麻を使った、滑らかな肌触りとほのかな光沢を持つリネン。
触れてみると、リネンらしい芯はちゃんとある。でも、決して硬いわけではなく、どこかしなやかさも感じます。
この芯の強さとしなやかさがあるからこそ、着た時に生まれるシワもただクシャッとするだけではない。細かな陰影が生まれ、着るほどに少しずつ表情が変わっていきます。
僕が先ほど話していた「シワによって生まれる表情」も、きっとこの生地だからこそなんだと思います。






新品の状態では、生地の滑らかさやほのかな光沢がよく分かります。
でも、この整った表情が完成形というわけではありません。
着て、洗ってを繰り返すうちに、細かなシワだけではなく、ときには生地全体が大きくうねるような表情も生まれてきます。
その凹凸に光が当たることで陰影ができ、平面的だった一枚のシャツが少しずつ立体的に見えてくる。
僕が好きなのは、きっとそういう変化なんだと思います。



ゆとりを持たせたシルエットに、力の抜けた襟まわり。素材に芯があるからこそ、仕立てはあえて柔らかく、全体を軽やかに見せています。
肩は落としすぎず、身幅にはきちんと余白を残す。
ただ大きいのではなく、生地が動くための余白です。
身体と生地の間に適度な距離があることで、歩いたり、腕を動かしたりするたびに生地も一緒に動く。その度にシワの入り方や陰影も少しずつ変わっていきます。
立っている姿だけではなく、動いたときに生まれる表情まで含めて、このシャツのシルエットなんだと思います。



襟はレギュラーカラーですが、芯を強く入れすぎていないので、必要以上に硬い印象にはなりません。
第一ボタンまで留めれば端正に。少し開ければ、自然と力の抜けた表情に変わります。
リネンのラフさに寄せすぎず、シャツとしての綺麗さもきちんと残している。
このバランスがあるからこそ、着方を決めつけず、その日の気分に合わせて表情を変えられるんだと思います。



端正なシャツの姿を残しながら、洗いざらしのまま気負わず着られる。
もちろん、アイロンをかけて綺麗に整えて着るのもいい。でも僕は、洗って乾かしたあと、そのまま袖を通したときの表情も好きです。
洗うことで生まれたシワに、着て、身体を動かすことでまた違うシワが重なっていく。
着る人が違えば、腕の動かし方も、着る頻度も違う。当然、残っていくシワも同じにはなりません。
だからこそ、同じシャツでも少しずつその人だけの表情になっていく。
冒頭で考えていた「シワには味がある」という言葉も、今なら少しだけ分かる気がします。
シワそのものが味なのではなく、その人が着た時間が、シワとして残っているから面白い。
僕にとっての「味」は、きっとそういうことなんだと思います。
そして、もう一つ。
「リネンだから夏に着る。」
そう考えると、「冬にリネンを着る」という言葉には少し違和感があるのかもしれません。
でも、それは僕たちが季節を意識しすぎているだけなのかもしれない。
夏だからでも、涼しいからでもなく、
「リネンが好きだから着る。」
そんなふうに季節をあまり考えず、好きな素材を好きなときに着る。
今の僕には、そのくらいがちょうどいい気がしています。
cliché 冨岡