美しく整えること、粗を引き受けること。

時折リリースされる特別な存在。
恥をかかないための結び目。
m’s braqueと迎える、秋の始まり。
「Rios of Mercedesというジャンル」
こんばんは。cantáte 松島です。
ジージャンについても書いて欲しいとの声をもらったので、書いてみました。
といっても、ジーンズに比べて書くことないんだよなーと思っていたら、”対比にすればおもしろいかも?”と思って、ご紹介します。
今回のジージャンは私物の写真になり、3rd Trucker Jacketは3ヶ月くらい、1st T-Back Jacketは1年くらいでしょうか。どちらも糊付けして着用しているので、アタリ感がシャープだと思います。
糊無しで穿いてナチュラルに色落ちする楽しみもありますが、糊付けして着ることで、立体的なシワと鋭いアタリが際立つのも面白いところです。
糊付けについて知りたい人は"デニム 糊付け"で検索してみてくださいね!
ここからは、仕立ての美を突き詰めた3rdタイプのTrucker Jacketと、粗を美に変えた1stタイプ WWⅡ T-Back Jacket、その二つを比べながら見ていきましょう。
ジージャンと聞けば、誰もが思い浮かべるのはまずこの形かもしれません。
いわゆる “3rdタイプ”。フロントに走るV字の切り替えや、バランスの取れたポケットの配置。
1960年代以降のスタンダードとして広まり、今日でも「ジージャンといえばこれ」と呼べるほど普遍的な存在です。
ワークウエアとしての荒々しさは影をひそめ、工業製品として洗練されていった時代を象徴するディテールです。
・端正な襟のステッチ
針数は細かめ、オレンジ系の綿糸で縫っています。
・共地の裏フラップ
薄手のデニムを使われている時期もありますが、あえての共地仕様。
・鋭角なVステッチ
チェーンステッチは返し縫いができないので、本縫いで縫い止めてあげる必要があります。
・ウエストベルト付けのチェーンステッチ
この黄色のステッチ糸色、覚えておいてくださいね。
・3rd タイプでぼくが好きな裾タブとフロントのV字切り替え
このV字切り替えは裾部分が狭い方が好きです。
cantáteが取り組んだのは、その完成度をさらに引き上げること。
パターンの精度、ステッチの運針、縫い代の収まり。細部まで整え、仕立て服に通じる端正さをまとわせました。
デニムという素材に、思わず「美しい」という言葉を重ねたくなる仕立てです。
一方で、同じジージャンでも “1stタイプ” はまるで違います。
広い前立て、胸ポケットは片側のみ。時には生地幅の都合で背中にハギが入り、いわゆる “Tバック” と呼ばれる仕様になることもありました。
本来は製造上の“誤差”や“やむを得ない都合”にすぎないもの。言ってしまえば特注品に近い存在です。
それでも、その不均整さにこそ、当時の空気と力強い魅力が宿っていました。
・襟のステッチ
細かめの針数で、綿糸ならではの立体感が際立っています。縫い代がきれいに収まることで、端正な襟元を形作っています。
右の襟ステッチは綺麗ですね。
・左の襟のステッチ
「ん?」と目を凝らすと、2回縫われていて、しかも少し蛇行しています。
人の手加減で行なっているため誤差はありますが、すべて人の手で“B品感”が出るようにA品を作っています。
・フロントのプリーツ止めボックスステッチ
定規を置いているのでわかると思いますが、プリーツ一個分くらいずれているのが見えますか?
揃えるのが当たり前の現代服ですが、ずれていたほうがヴィンテージらしいし、当時の駆り出されたおばちゃんが縫った雰囲気も漂うので、あえてそうしています。
・左身頃のプリーツ止めボックスステッチ
ステッチは上重ねになっています。
・右身頃のプリーツ止めボックスステッチ
右身頃は下重ね。
「え?変えてるんですか?」──変えてます。
だってこっちのほうが縫いやすいんです。
上重ねや下重ねで揃える方がよほどめんどくさい。
きっと当時の人も同じ気持ちで、そういった個体があったと思います。
・歪なV字ステッチ
本来なら真っ直ぐに揃えるべきところですが、あえて角度をずらして縫っています。
均整から外れたその歪みこそ、ヴィンテージらしい空気をまとわせるための仕掛けです。
・ウエストチェーンステッチ
さっきの3rdタイプと違って、少し黒が見えるのわかりますか?
裏側は誰にも見えないから、何色でもいい。縫えていればいい。目立たない黒であれば、もっといい。
きっとそんな理由で、戦時中は頑張って縫っていたのだと思います。
それでも、表のステッチだけは、フラップは無くしても、ポケットだけは、リベットだけは──残していた。
そんな妥協と執念が同居するところに、当時のリアリティがにじんでいます。
・袖口のコの字ステッチ
ここまで見てくれた方はもうお気づきかもしれませんが、3rdタイプと違い、1stタイプはイエローステッチです。
着用しているので、月桂樹ボタンも擦れて下地の味が出ています。
・シンチバックの歪なステッチ
まっすぐ揃えるよりも、ほんの少し歪んだラインにこそ味があります。
機能性を確保しながらも、人の手の加減がそのまま刻まれていて、ヴィンテージらしい不均整さが魅力になっています。
・針付きシンチバックル
銅メッキとニッケルメッキを使い分けています。
どちらも使い込むうちに剥げてきて、金属そのものの表情が現れてきます。
しかも戦時中だからこそ、近所のおばあちゃんたちが駆り出され、素人が縫ったその不均整さにこそ、ヴィンテージらしい迫力と土臭さが宿る。
cantáteでは、その粗を単なる再現にとどめず、一本一本の縫い目やズレまで丹念に仕立て直し、A品として完成させています。
「不完全さを受け入れる」という当時のリアリティを、現代の仕立ての目線で再構築した。
あえて残した“歪み”を、美意識で引き受けたジージャンです。
・袖底のずれた縫い代
ジージャンの袖底は、縫い代が脇に刺さってとても痛いので、
痛くないように袖底をずらしています。
わざとです。
・ステッチ一本の差
実は、3rdタイプと1stタイプで縫っているミシンが異なります。
ステッチ一本分の差ではありますが、オレンジ色の3rdタイプの方が太いゲージのミシンを使っています。
3rdと1st。
片や綺麗に整えた完成形、片や粗野を生かした原型。
その両極を行き来することで、ジージャンという服の奥行きが見えてきます。
cantáteが手を入れた二つのモデルは、単なる復刻でもなく、装飾的なアレンジでもない。
「どうしてこう作られていたのか」を突き詰め、その背景ごと引き受けながら、いまの時代に通じる一着として仕立て直したものです。
縫い目の一本、重なりのわずかな違い──そうした細部にこそ、当時の空気や人の手の気配が宿っています。
一見、時代に縛られた服に思えても、ディテールを追えば“普遍”が見えてくる。
だからこそ、今日も袖を通す意味があるのだと思います。
cantáte 松島 紳