「おばあちゃんの寝具から生まれた服」
「スタイルに悩む時間がない人のための制服」
m’s braqueという品格。
選ぶ痛みと、身につける覚悟。
「おばあちゃんの寝具から生まれた、最高のベスト。」
最初にこの言葉を生み出した瞬間、少し笑ってしまった。
展示会の初日に来てくれた人の顔、その瞬間さえ覚えている。
バイヤーさんと嘘のように笑って、説明した。
でも手に取った瞬間、その意味がわかる。
それは懐かしさや優しさを超えた、“人の暮らしの温度”が詰まったベスト。



<cantáte>
COL: BLACK×BLACK, ECRU×OFF WHITE
SIZE: 44, 46, 48
¥495,000- TAX IN
寝具としてのムートン
このベストに使われているのは、医療用寝具として生まれた特別なムートン。
もともとは床ずれを防止するための素材で、
長い時間、身体を支え、寄り添うためにつくられていた。


とても肉厚で、この上ない質感のパイル
スウェードは肉厚、毛はふっくらと豊か。
パイルの密度も驚くほど高く、触れた瞬間にしっとりと吸い付くような質感がある。
スエード面には深く濃い発色が宿り、
光を含むたびに色の奥行きが変わる。
“衣服になる前に、暮らしを支えていた素材”。
だからこそ、このムートンには他の服にはない人の体温の記憶が宿っている。
構造の静けさ

断ち切り始末のアームホールとネックライン

ヌメ革のブランドネームは、限られたアイテムだけの証。
デザインは、極めてシンプル。
襟はなく、アームホールはとても広く設計されている。
コートやジャケットの上から羽織っても、動きの邪魔をしない。
ネックライン、アームホール、裾は切りっぱなし。

とても大きなパッチポケット
装飾をそぎ落とした分だけ、
一針一針の構造やパターンが、静かに存在感を放つ。
見えないところに息づくのは、“過剰ではない誠実さ”。
ファスナーという余白

ほんのりと曇った艶。
それが、ヴィンテージの佇まいを思わせる。

コの字型の止め具もまた、この服に独特の空気を添えている。
その静けさの中で、ひとつだけ異質な輝きを放つのが、ヴィンテージのTALONファスナー。
指先でつまみ上げると、わずかに重く、鋭い音が鳴る。
古い金属特有の、角が取れた手触り。
時間を超えた金属の艶と、わずかなくすみ。
そこには、過ぎた季節の空気が宿っている。
わずかな“遊び”の中に、人の手の存在が感じられる。
完璧ではない噛み合わせ。
けれど、そのわずかな誤差がムートンの柔らかさと響き合い、
新しい服の中に古い空気を流し込む。
まるで、このベストが「完璧でなくていい」と語りかけてくるように。
無機質に見える金属パーツが、
じつは最も人間的な要素なのかもしれない。
過去と現在を縫う



Mouton Vest (183cm Size: 46)
CREDIT
cantáte ”Turtle Neck L/S Shirt”
CLASS ”CCFA01UNI A 〈LIGHT OZ RIGID DENIM PANTS〉”
新品の服なのに、どこか懐かしい。
古い金属と、医療用ムートン。
異なる時代と目的をもつ素材が出会い、
ひとつの衣服として再構成されている。
それは、単に素材を組み合わせたというよりも、
時間を縫い合わせているような感覚。
かつて人を包み、支えてきた寝具が、
いま再び“纏うもの”として呼吸を始めている。
生活に寄り添う服
ムートンベストというと、冬の装飾的なアイテムを想像するかもしれない。
けれど、このベストはどんなシーンでも馴染む。
デニムにも、スラックスにも、コートにも。
その理由は、デザインの中に“気負いのなさ”があるからだ。
なんなら、今着ても汗だくにならない。
暖かいのに軽く、
上品なのに力が抜けている。
そのバランスが、日常の動作や呼吸と自然に溶け合う。
デスクワークの人なら、背中がじんわりと暖かいはずだ。
まるで背もたれにクッションを入れているような安心感。
服というより、“自分の一部”になるような感覚。
けれどこのベストの本当の魅力は、重ねたときにこそ現れる。
ジャケット、コート、ブルゾン、どんなものの上でも、まるで最初からそこにあったかのように馴染む。
それが、この服のいちばんの醍醐味だと思う。



十分な身幅と深いアームホールがあるから、
ボリュームのあるMA-1の上からでも、重ねた姿が美しい。




Mouton Vest (183cm Size: 48)
CREDIT
i'm here ”ONE TUCK VENETIAN PANTS”



CREDIT
cantáte ”Denim Flare Trousers” -501XX - REBUILD VINTAGE
TALONの金属音を聞きながら、ふと思う。
服にとっての“完成”って、いったいどこにあるのだろう?
精度でも、価格でも、流行でもない。
きっと、それを着る人の生活の中で、
少しずつ形を変えながら完成していくもの。
このムートンベストも、きっとそうだ。
時間とともに柔らかくなり、手に馴染み、
やがて“自分だけの寝具”のようになる。

「おばあちゃんの寝具から生まれた、最高のベスト。」
それは、少しユーモラスで、どこか詩的な言葉。
でも、その奥には確かなリアリティがある。
人の暮らしから生まれたものが、また人の暮らしに還っていく。
そんな循環の中で、この服は息をしている。
cantáte 松島 紳